2016年2月21日 (日)

アゾレス諸島で国際ホワイトヘッド学会2017

大西洋に浮かぶアゾレス諸島(ポルトガル領)のサンミゲル島ポンタ・デルガダにあるアゾレス大学で、2017年7月25日~28日に、第11回国際ホワイトヘッド学会(International Whitehead Conference)が開催されます。

テーマは Nature in Process: Novel Approaches to Science and Metaphysics です。

CPSから詳細がメール配信されました。全文、貼り付けます。上智大学の田中裕先生(日本ホワイトヘッド・プロセス学会会長)も基調講演をされるとのことです。




We are pleased to announce that the 11th International Whitehead
Conference, under the topic Nature in Process: Novel Approaches to Science
and Metaphysics; will take place between 25th-28th July 2017. The
conference will take place in Ponta Delgada, on the Island of S. Miguel and
be hosted by The University of the Azores. The Azorian natural beauty
spontaneously invites this conference on Natural Science and Process
Metaphysics creating the perfect setting for philosophical musing and
discussion. Process philosophy is inseparable from Philosophy of Nature and
Philosophy of Science. “Nature is a process.” Nature is also duration
and passage. And in the passage of Nature we find the primary metaphysical
facts. (This intrinsic character of nature cannot be explained away,
because it is an insurmountable fact.) The following keynote speakers have
confirmed their attendance: John B. Cobb, Jr., Manuel Carmo Ferreira,
Yutaka Tanaka, Michel Weber.

Call for Papers: You are cordially invited to attend this conference and
submit your abstracts for presentations in any on the following sections
(sections listed alphabetically, section heads are in parentheses):

 Whitehead and Analytical Philosophy (Johanna Seibt)
 Whitehead and Bergson (Maria-Teresa Teixeira)
 Whitehead and Biology (Spyridon Koutroufinis and René Pikarski)
 Whitehead, German Idealism and modern German philosophy (Aljoscha Berve)
 Whitehead, Indian Philosophy and Buddhism (Jonardon Ganeri)
 Whitehead and Integral Ecology (Barbara Muraca and Moirika Reker)
 Whitehead and Integral Economics (Mark Dibben)
 Whitehead and Mathematics (Vesselin Petrov)
 Whitehead and Neoplatonism (Michael Wagner)
 Whitehead and New Cosmology (Lukasz Lamza)
 Whitehead and Nicolai Hartmann (Roberto Poli)
 Whitehead and Phenomenology (Luca Vanzago)
 Whitehead and Philosophy of Mind (John Pickering)
 Whitehead and Physics (Joachim Klose)
 Whitehead and Pragmatism (Dennis Söelch)
 Whitehead, Spinoza and Leibniz (Helmut Maassen)
 Whitehead and Theology (Hans-Ferdinand Angel)

Presentations should be no longer than 30 minutes including discussion;
sections may overlap and participants should specify which section or
sections they would like their paper to be included in. Conference
languages are English and Portuguese. Portuguese-speaking presenters should
provide a full translation of their texts at least 30 days in advance of
giving their papers. We may accept more than one presentation from senior
scholars. Abstracts should be all sent to http://natureinprocess@gmail.com
.

Registration Dates and Fees (in euro):

Early registration: Jan. 1 2016 - Jan. 31, 2017; fee: 100 (students)/150
(standard);

Normal registration: Feb. 1 - May 31, 2017; fee: 150 (students)/200
(standard); Late registration: after June 1, 2017; fee: 200 (students)/250
(standard).

<http://whitehead2017.com/registration/>

You will find further details about the conference, including hotel
information, section abstracts, and registration info on the conference
website: http://whitehead2017.com
.

2015年7月17日 (金)

WikiquoteのAlfred North Whitehead

WikiquoteのAlfred North Whiteheadのページが面白い。思いがけない発見がある。てゆーか、案の定見落としていたホワイトヘッドの言葉や、そーいえば忘れてたな、って言葉がたくさん載っている。

https://en.wikiquote.org/wiki/Alfred_North_Whitehead

たとえば、こういうの。

The term many presupposes the term one, and the term one presupposes the term many.
Pt. I, ch. 2, sec. 2.

The ultimate metaphysical principle is the advance from disjunction to conjunction, creating a novel entity other than the entities given in disjunction.
Pt. I, ch. 2, sec. 2.

The oneness of the universe, and the oneness of each element of the universe, repeat themselves to the crack of doom in the creative advance from creature to creature, each creature including in itself the whole of history and exemplifying the self-identity of things and their mutual diversities.
Pt. III, ch. 1, sec. 7.

見事だ。特に、repeat themselves to the crack of doomという表現はすごい。生成と消滅。合生と移り行き。創造的前進と破滅の裂け目。
命題についてはこんな素敵な表現も。

Some philosophers fail to distinguish propositions from judgements; … But in the real world it is more important that a proposition be interesting than that it be true. The importance of truth is that it adds to interest.
PR. p. 259.

Variant : It is more important that a proposition be interesting than that it be true. This statement is almost a tautology. For the energy of operation of a proposition in an occassion of experience is its interest, and its importance. But of course a true proposition is more apt to be interesting than a false one.
As extended upon in Adventures of Ideas (1933), Pt. 4, Ch. 16.

こういう言葉を熟考するために全巻を読み直し、逍遥し、瞑想し、入浴し、喫茶喫煙する、ということを日々の明け暮れの中心にできるような人生を歩むことが、僕の、そして現代の僕らの、課題だろう。興味関心を引き起こし、好奇心をかきたて、大事で重要だと感じさせる何かとの出会いのなかに、命題が、理論が、観想が、生きることの意味の生成があるのだ。その何かが真実のものなら、なおさらだ。

Our minds are finite, and yet even in these circumstances of finitude we are surrounded by possibilities that are infinite, and the purpose of human life is to grasp as much as we can out of the infinitude.
Dialogues of Alfred North Whitehead (1954)  Ch. 21, June 28, 1941.

僕も1つ。

「哲学は宇宙の無限姓を言語の有限性を通じて表現しようとする試みなのだ。」(「自伝的覚え書」)。


2014年10月25日 (土)

りんごの甘露煮

ドビュッシーの海を聴きながら、リンゴのコンポートを作る。

最終的にはアップルパイを作るつもりだったが、コンポートができたところで気持ちもできあがってしまったので、おしまいにした。
煮沸消毒した瓶に詰めていたら、『西の魔女が死んだ』を思い出した。

久しぶりにのんびりしたような一日である。原理にまで還元しがたい頑固な事実としての、今日のいちにち。

2014年10月22日 (水)

なんでもアリな世界


こんなの見つけた。

ホワイトヘッド記念美術館(アメリカ、テキサス州デル・リオ)

どんなところだろう。

ボストンのハル島と世界の終わり(world's end)のあいだの、マサチューセッツ湾にそそぐ川の河口の風光明媚な砂洲のへりには、ホワイトヘッド・アヴェニューという閑静な住宅地があるらしいけど、ここにA.N.ホワイトヘッドが住んでいたわけではなさそうだ。

いろんなモノがあるわけだ、この歴史的現実の世界には。

御大ホワイトヘッドには、Modes of Thoughtという楽しい本があるけれども、このタイトル、『思考の諸様態』って、要するに、いろんな考え方があるわけだ、ということだな。考え方いろいろ。それは、ホワイトヘッドの思考がとりとめもなくなんでもアリということばかりではなくて、現実世界がそもそもなんでもアリなのだから思考も多彩になるということだろう。

生成しては消滅する出来事の推移の多様性。

しかし、現実の出来事の多様性よりも、はるかにはるかに多様多彩な、豊穣すぎて、もう何がなんだかわからなくなるようななんでもアリの多様性も考えられるのだ。わりと当たり前のことなんだけど、それを説明すると、2段構えの論法になっちゃう。

まず、現実の多様なもろもろの出来事。ホワイトヘッド博物館とか、いちばん最後に鉄橋を渡る有蓋貨車とか、先週の雨降りのしずくの1つ1つとか、黒部渓谷いっぱいに紅葉した森の葉っぱの1つ1つとか……

これが説明の1段目。

それらは、不可識者同一の原理によって、めまいがするほど多様多彩で、それらのいちいちひとつひとつは、胸がぎゅーっと切なくなるほど、そのつどそのつど唯一無二である。それらは、生成しては消滅する。伸びんとする生気がむせかえるほど満ちていて、下腹がどっと痛くなるほど、はかないのだ。現実に生起することどもは、どれも、永続することなく崩壊する運命を甘受する。現実の世界の多様性は、それらがあまねく消滅する運命から免れることができないということを超えられない。つまり、現実世界の出来事の豊穣な多様性は、生成と消滅のリズムの斉一性を超えられない。

パンタ・レイ……

だけど、どんな出来事が現実に生起するか、その潜在的可能性の次元を考えてみることができる。実現へと志向しつつも、実現されないまま潜在性のうちにとどまることどもも含んだ多様性。昨日、あの店の餡パンを食べられた俺。あのとき、あの人にあの一言をまっすぐに言えた俺。もしかしたら生まれてこなかった俺。ルビコン河を渡らなかったカエサル。地球の存在しない宇宙。これが2段目だ。

この潜在性のなかには、可能だったのに実現しなかったいろんなことも全部、含まれている。可能世界の、さらなる多様性においては、生成と消滅の斉一的なリズムはない。そこには、現実世界の多様性を包含してはるかに広大に広がっていく、真の多様性が秘められている。

思考の諸様態っていうときの、思考の「なんだってアリ」のその放埓さは、可能世界の無際限な多様性の反映なのだ。思考は、その放埓な多様性を、現実世界に実現する出来事の多様性から引き出してくるだけではなくて、むしろ、この可能世界の際限のない豊饒さと現実世界の限定された多様性とのコントラストから引き出してきているのだ。

だからこそ、思考の多様性のうちには、確かに、生成し消滅する現実世界の不可避的な推移を超え出ていく、超時間的な性格が、あるのだ。そして、それこそが、思考のアクチュアリティなのだと思う。

僕らが今、常識的に現実とみなしていることがらに対処できるような仕方で思考のさまざまな構図を整理してアレンジすることが、哲学に求められているアクチュアリティだと思ったら、おおまちがいなのだ。常識的な現実の多様性の根っこのしたに、おそろしいほど豊饒な無限の多様性が控えていることを看取し、それを単なる妄想だの夢物語だのにしてしまうのではなく、その多様性に人間的理性が耐えられるように構図化して思考することが、哲学のアクチュアリティである。

実現したものの多様性から、潜在的なものののさらなる多様性へと、生成消滅のプロセスを逆行し遡行すること。そして、潜在的なものどもの無限の多様性を、なんとかしてより十全に、より整合的に、より包括的に、理性的な構図によって汲み取ること。この遡行のうちで、現在の意味が立体化されて見えてくるのだし、同時的世界の見えなかった諸側面が開けていくのだし、それらが相働いていかなる未来になっていくかも見えてくる。潜在性へと遡行し、その多様性を構図化する思考の試みが成功する度合いに応じて、現在を見通すことも過去を受け取ることも未来を予期することもより深くより広くより明晰になっていくのだ。

なんでもアリな世界が、重層的になってるってこと。そして、純粋な潜在性でもなく、歴史的な世界の現実性でもなく、その中間みたいなところでいわば宙吊りになってる可能世界にこそ、些末なものから恐るべきものまで多種多彩なものどもの「なんでもアリ」が蔵されているってことだ。

そこに切り込んでいく思考の冒険。推論が推理になり、可能性を見ることが現実を見ることになり、遡源が予見になり、そうやって、めまいを催す多様性を構図化しちゃう、精神の冒険。

だから、哲学って、なんでもアリになっちゃう。でも、それって、すごいことなのだ。

理想のホワイトヘッド特集

『理想』第693号「特集 ホワイトヘッド」が刊行されました。

2014年9月付け。

目次

 特集 ホワイトヘッド
21世紀のホワイトヘッド哲学 ―共生(きょうしょう)の智の探求のために―  田中裕
住まうこと、冒険すること、谺すること ―「プロセス」の三つの様態―  村田康常
汎主体主義の可能性 平田一郎
ホワイトヘッド哲学における思弁と理性―「アナーキー」の意義をめぐって―田口茂
ホワイトヘッドの象徴理論―C.S.パースとの比較から― 石田正人
意味のありか 中村昇
ホワイトヘッドの象徴システム論 守永直幹
個別者と普遍者の区別と形而上学的全体論 斎藤暢人
ホワイトヘッド哲学―環境倫理へのラディカルな示唆― 林貴啓
ホワイトヘッド形而上学の意義―F.H.ブラドリーおよびW.ジェイムズと比較して― 吉田幸司
消滅の悲劇を今ここに理解し保持すること―ホワイトヘッドにおける創造性の「強さ(intensity)」― 板橋勇仁
ホワイトヘッドにおける美と芸術 遠藤弘


日本ホワイトヘッド・プロセス学会の『プロセス思想』第16号も同時期に刊行さています。こちらも充実の内容なので、未読・未入手の方はぜひぜひ(買って)お読みいただきたいと思ってます。学会HPから事務局に連絡すれば入手できるので、しつこいようですが、ぜひぜひぜひ。

引っ越しました


こっちに草庵を結ぶことにしました。

よろしくです。

森晶麿を読んでたら、ポオの「ユリイカ」からこんな言葉が引かれてました。

「最初のものの根源的な単一状態には、次代のすべてのものの続発すべき原因が潜んでいる、と共にそれらのものの必然的な破壊の萌芽も潜んでいるということ」

続けて、「メエルシュトレエムに呑まれて」が出てきたので、昨日からそちらを読み始めました。面白いです。
typhoon
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